俺とケイロは頻繁にパスを回し、ゴールに近づきながら魔物たちに当てていく。
バシュッ、バシュッ、と火の玉ボールが黒い靄の魔物たちを貫通すると、そのまま蒸発するように消えていく。
中庭で襲われた時よりもあっけない気がする。もしかすると質より量で攻めてきたのかもしれない。
それに俺がボールを持つと、魔物たちは一様に様子見に回るが、ケイロにボールが渡った途端に魔物たちの動きが活発化した。
体当たりや引っ掻き攻撃を仕掛けたり、龍は上から青い炎の息を吐き出してくる。
こんな総攻撃を仕掛けられら、一般男子の俺なら直撃必至だ。
だけどケイロはそれを敵チームのパスカットを避ける体でドリブルしながらかわし、時にはジャンプして上手くよけていた。傍から見れば、ケイロが鮮やかな神プレイ連発。
華麗にドリブルシュートをケイロが決めた瞬間、わぁぁぁ……っ、と館内が歓声で揺れた。「ナイス、百谷!」
「やっぱり坂宮が入ると百谷の動きが違うな。伸び伸びしてる」
チームメイトの声を聞いて、心の中で俺は苦笑する。
そりゃあ俺とパスの応酬できたら、黒いモヤモヤに攻撃しまくれるもんな。実質、攻撃の回数が倍増するようなもんだ。ボールを持っていない時は魔法のみで攻撃できるけど、試合しながらだから集中できない。身の安全を考えれば試合どころじゃないし、本来なら試合を抜け出して、別の場所で戦闘したいところだろう。
そうすれば本気の力でやれるから戦いやすいだろうが、ケイロが抜ければ試合は確実に負ける。
王子という何かあってはいけない立場。しかも異世界の学校の球技大会なんて、どう考えても優先順位は最底辺になるだろうに、それでも試合は捨てない――。
一度欲しいと思ったものは絶対に狙い続ける性格。
頭良いのにアホだ。そんなケイロの欲張りな一面に付き合う俺自身も、同様にアホだと思うしかなかった。ケイロがボールを持っている間は、火を常時つけていた。
ドリブルついでに魔物に当てて倒し、敵チームに迫られたら俺へパスを出し、ちょっとボールをキープしてからコツ、と。今までしなかった足音が鳴る。光のモヤを抜けると、そこは天上がやたらと高い広間だった。床は大理石。壁には宗教画みたいな絵が直接描かれていて、天上に近い所はステンドグラス。しかも白い光球がいくつもフワフワ漂っていて、なんとも豪華ながら神秘的だ。これぞファンタジーって感じでテンション上がる!でも豪華過ぎて、俺がゲームで馴染んできた好きなファンタジー世界とは若干ズレてる……俺、きらびやかな貴族ものより、夢と冒険が詰まった爽快ファンタジーが好きなんだけどなあ。転生せずに俺のまま異世界に来れた上に、元の世界にも戻れるんだから、俺の好みを押し付けるっていうのは贅沢すぎだよな。うん。そんなことを城内の豪華さに圧倒されて、口をポカンと開けながら見惚れていると、ケイロが俺の手を引いた。「一旦、俺の部屋に行くぞ。他のヤツらに見つかったら騒がれる。グズグズするな」「え……? なんでそんな逃げるようなことを――」俺が尋ねたその時だった。いくつかある扉の中でも一番大きな扉が、ギギギ……と開く。そこにはアシュナムさんやソーアさんをはじめ、何人もの人がズラッと並び、俺たちを見ていた。交流のある二人を除き、信じられないものを見たかのように目を見開いて驚いている。中にはケイロに似たイケメンお兄さんや、この中で一番威厳ありそうな服を着た銀髪のイケオジも目を点にしていた。「チッ、来てしまったか」ケイロが舌打ちする。面倒なものが来たと言わんばかりだ。アシュナムさんは頭を押さえてため息をついているし、ソーヤさんは頬を引きつらせながら苦笑を浮かべている。事情はよく分からないけれど、この鉢合わせは予定外で、アシュナムさんたちも避けたかったことなんだろうと思う。グイッ、と繋いでいた手をケイロに引っ張られる。そして体を引き寄せられたと思ったら、ケイロの手が俺の肩を抱いた。「前から言っていた通り、異なる世界から連れて来た。坂宮大智……俺の妻だ」言いながらケイロは俺の左手を取り上げ、薬指にある婚華の指輪をみんなに見せる。ざわ……ざわざわ……。動揺が広がり、次第にざわつきが大きくなっていく。何を言っているのかはよく分からないけれど、歓迎されていない気配だ。ケイロ似のイケメンが一歩前に出て、あからさまなため息をついた。「この愚弟が……異界の男を娶るなど、何を考え
◇◇◇翌日、神官長のオーレムさんや神官さんたちとお別れして、俺はケイロと共にお城へ向かうことになった。てっきり天馬とか竜とかファンタジーっぽい物に乗ったり、魔法で空飛んで行ったりするのかな? と思ってワクワクしていたけれど――。「さあ大智、城に行くぞ。しっかり俺の手を掴んでいろ……どうした? なぜそんな不味い物でも食べたような残念そうな顔をしている?」「だって……せっかく異世界に来たんだぞ? 移動手段、どんなのだろうって色々と期待するだろ……なのに、これ……」案内されたのは神殿の最奥の部屋。小さな部屋の中に入って目に入ってきたのは、すっごく見慣れた光のモヤだった。「俺の部屋にあった不思議工事のモヤじゃねーかぁぁ……ファンタジーっぽいのに、慣れすぎて物足りない……っ」俺とケイロの部屋を魔法で繋いで、お互いにいつでも行き来できるようになっていたアレが目の前にある。初めてだったらもっと感動したんだろうけどなあ……と贅沢な不満のため息をついてから、俺は目を据わらせてケイロを睨む。「しかもお城と神殿、直通なんだな……改めてケイロに騙されてたって思うと、腹が立ってくる」「機嫌を直せ。城での用事が終わったら、大智の世界にはない乗り物に乗せてやるから」「……約束だぞ? あれこれ理由つけて無しにしたら、エッチは三日に一回だけにするからな」「それは困るな……二学期とやらが始まっても、あっちに戻るより優先してやろう」「二学期は間に合わないと困るから! じゃないと俺、卒業できないかもしれないから!」そんな睨んだり、焦ったりなやり取りをしながら、俺はケイロと手を繋いで光のモヤに入っていく。ケイロに触れると体が疼くから、たったこれだけでも力が抜けそうだ。
◇◇◇……結局、また一日も空けずにケイロに抱かれた。魔法で体も回復できるし、俺のこと好きだよなーコイツって手応えがめちゃくちゃあるし、何より気持ちいいけどさ――気力は回復しないんだよ……イキまくると精神も疲れるんだよ……。俺がベッドの上でぐったり突っ伏していると、ケイロが体を起こして俺を見下ろす。「どうした? あれだけ悦んでいたのに、不満そうな顔だが……まだ足らないか?」「馬鹿……足りすぎて疲れてんだよ……なんでお前はそんなに元気なんだよ……」瞳だけ動かして、俺はケイロを恨めしげに見る。どう考えてもケイロのほうがいっぱい動いてるし、俺の中で何回も出してるし、俺と同じで心の疲労度は高いと思うんだけど……むしろ終わった後のほうが顔色良くて、活き活きしてるように見える。なんてタフさだよ。この恨めしさを口に出してぶつけてやりたいけれど、口を動かすのも億劫だ。視界に入ってくるケイロの割れた腹筋が、俺との差を物語っているようで悔しくなってくる。軽く唇を尖らせていると、ケイロが俺の頭を撫でてきた。「それだけ大智と一緒にやれるのが嬉しいんだ。俺が心から認めた相手を伴侶に迎えるなど、絶対に不可能だと思っていたくらいだからな」……ああ、こそばゆい。前よりもケイロが俺への気持ちを素直に言うようになってくれて、嬉しいんだけれど恥ずかしい。さっきまでエッチしてたから、体にまだ余韻が残っていて落ち着かない。頭撫でられてるのもあるけど、言葉ひとつで疼くなんて、俺の体が完全にケイロに堕ちてやがる。俺の顔も腰の奥も熱が戻りそうになっていると、ケイロが顔を近づけ、俺を覗き込みながら告げてきた。「本来の予定では神官長に大智を見極めてもらい、俺の伴侶に相応しいかの報告後に、父王が大智に会って判断する流れだった……だが襲われたことで、父は合否に関わらず大智を保護すると宣言した。だから――」「つまり、まだ俺は認めてもらえていないってことか」「そうだ。だが、大智はそのままでいればいい。父王が認めようが認めまいが、俺は大智を選ぶ。もし認めないというなら、俺がこの国から去るだけだ」迷わずに俺を選んでくれるのは嬉しいけれど、それは――。気だるい手を上げ、俺はケイロの頭を軽く小突いた。「そうしたら、この国の人も精霊たちも大変なことになっちゃうだろ……俺、認めてもらえるように頑張
俺がケイロの腕の中で悶絶していると、神殿のほうから疎らな足音が聞こえてくる。良かった、助けが来た。もう大丈夫なんだと腹の底からホッとする。平凡一般人にガチ戦闘は荷が重いってよく分かった。「こんな目に遭うなら、これからは絶対にケイロと行動する……別々になるなら部屋で引きこもってる……」「それはいい心がけだ。この件で大智が狙われていると判明したから、城のヤツらに言ってやれる。俺から大智を引き離そうとするなら、襲撃した仲間とみなす、と」言葉の中身だけ聞けばキツめの冗談に聞こえるけど、ケイロの目は本気だ。実は俺が襲われてブチ切れてる? 気持ちは分かるけれど、このままだと暴走して周りに迷惑をかけまくる気がする。ちゃんと愛されてるなあ、俺。なんて少し嬉しく思いつつ、俺は女房役らしくケイロなだめた。「あんまり無理言って、お城の皆さんを困らせるなよ。意味なく敵作っても、後で困るのはケイロになるんだからな」「無理ではない。当然の主張だ」ああ……ケイロが頑なになっちまってる。これから大丈夫なのか? と不安を覚えていると、オーリムさんや他の神官さんたちが駆けつけてくれた。「ケイロ様、もうお戻りになられたのですか!」驚くオーリムさんに、ケイロは短く頷き、倒れている男たちを顎で指す。「ああ、大智の危機だったからな……アイツらを捕らえておいてくれ。後で牢獄の役人が到着するから、引き渡してくれ」「ええ、もちろんでございます」言われる前から神官さんたちは大男を縛り、精霊が縛ってくれた男たちと一緒に神殿まで引きずっていく。その様子をオーリムさんが見て確かめると、ケイロに向き直り、恭しく頭を下げた。「このような事態になってしまい、大変申し訳ありませぬ……そして差し出がましいようですが、此度の予定を繰り上げ、大智様を城へお連れすることを進言致します」予定? 俺の知らないところで、何かやるつもりだったのか?引っかかりを覚えている俺を他所に、ケイロは短く頷いた。「可能であればそうしたい。神官長のお前がそう判断するということは、大智を認めたと捉えていいのだな?」「はい……大智様は精霊と心を通わせられる、言い伝えのごとくな素質を持たれたお方。我々を気遣い、機転もあり、己の身よりも神官の無事を優先される……ケイロ様の伴侶に相応しいお方でございます」……もしかして俺
シュルシュルシュルッ。 男たちの周りを何重にも囲むように蔦を出し、そこからまとめてギュッと締付けさせる。蔦だけなら気づいて逃げてただろうけど、視界が邪魔されてパニック状態の男たちには効果テキメンだった。「よし! 計算通り……っ」望んだ通りの展開になって、思わず俺は拳をグッと握る。精霊たちも嬉しそうに飛び回って、弾むようなリズムで光を点滅させる。これが人型ならハイタッチして喜び会うんだけど――ん?俺はふと違和感を覚える。 捕らえた男たちが俺を見ながらニヤニヤと笑ってる。なんでだ? と首を傾げそうになった時、「なるほどなあ……普通じゃないってことか」低くザラついた声と同時に、大きな手が俺の腕を強く掴む。ハッとなって振り向けば、巨体の男が俺を捕らえながら見下ろしていた。「まだ仲間がいたのか……っ、離せよ!」「あー、あんま騒ぐな。腹殴って気絶させられたいか?」物騒なことを言われて、俺はヒュッと息を引いて口を閉じる。俺、痛いのヤダ。殴り合いのガチなケンカなんてしたことないし、一発殴られたら即KO間違いなし。格闘ゲームですら適当ボタン連打の偶然任せな技発動で、最弱レベルの相手を倒せるぐらい。俺、肉弾戦のセンスはないんだよ……。こんな時は従順にするのが一番。 逆らう気は一切なし。完全白旗モードで情けないな、と落ち込みそうになっていると――グイッ。大男に顎を掴まれ、強引に顔を上げさせられた。「おい、この縛ってるやつを解け。妙な真似したら――」「わ、分かってるって……ごめん、悪いけど蔦を解いてくれないか?」精霊に話しかけてみるが、光球はまったく光らない。オロオロと困ったように飛び回るだけだ。まさか……。 俺は冷や汗を滲ませながら精霊に尋ねた。「もしかして……解けないのか?」俺の言葉に光球がピッカンピッカン光る。 クイズ番組で正解が出たら光るアレと同じだ。マジかー……と遠い目をしていると、大男が俺を覗き込んできた。「さっきから一人で何言ってんだ? さっさと解きやがれよ!」「え……?」当たり前に見えるから、この世界の人間ならみんな精霊が見えると思ってたけど……そうじゃなかったのか!?これ、無理ですって言って通じるのか? チラッと大男の顔を見たら、今にも怒りが爆発しそうにこめかみをヒクつかせてる……。青ざめて思わず体を情け
精霊たちの映像を見ながら、俺は身を隠しつつ男たちに近づく。そして草むらにしゃがみ込み、精霊たちに目配せして合図する。……喋らなくても分かってくれるよ精霊。アイコンタクトで動いてくれるんだから、意思がしっかりある証拠だ。黄緑色の光球たちが、男たちの真横にサラサラッと風を起こす。「おっ、何かいるのか?」ヤツらが気づいたら、今度は前に、前にと風を吹かせながら動いてもらう。草を揺らしながら移動する様は、誰かが逃げているように映るはず。案の定男たちは「逃がすか!」と湧き立ち、追い駆けいく。よし、ここまでは狙い通りだ。このままアイツらの気を引いてもらって、その隙に神官さんを助けよう!俺は男たちと反対の方向に駆け出し、倒れている神官さんの元へと向かう。「大丈夫ですか……!?」駆けつけて声を掛けてみると、小さく唸ってから神官さんが目を開く。「大智様……いったい何が……?」「よく分からないんですけど、俺をさらいに来た人が……今、精霊たちに協力してもらってあっちに行ってますけど、すぐに戻ってくると思います」「精霊が協力……ああ、なんと尊い――」「わぁっ、拝まないで下さい……っ! それどころじゃないんで……とにかく神殿から人を呼んできて下さい! 俺は精霊たちに守ってもらいますから!」「は、はい……っ!」フラつきながら立ち上がると、神官さんは足を引きずりながら神殿に向かう。足を捻ったっぽいな。すぐの助けは期待できない。どうにか俺と精霊たちとで乗り越えないと。俺が額に滲んだ汗を拭っていると、「居たぞ! こっちだ!」男たちの声が飛んでくる。様子がおかしいと思って引き返してきたか……でも予想はしていた。神官さんを逃がすっていう目的は果たした。後は自分で自分を守れば良い。俺は男たちを待ち構えながら、白い光球たちに目配せした。ガサッ、ガササ……ッ!男たちが草むらを分けて俺の元に向かってくる。俺の顔がよく分かる所まで来ると、何故か男たちが戸惑いを見せた。「黒髪の黒い目……だが、コイツでいいのか? 」「あ、ああ……なんというか、普通だよな」「地味で平凡を絵に描いたような……本当にこんなボウズが金になるのか?」クッ……自分で自覚はしてたけど、面と向かって言われると傷つく。ちょっと心の中で泣きながら、俺は精霊たちに声をかけた。「みんな、